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2023年8月28日(月)
三ヶ月連続企画 “もう一度見たい”日本映画【9月】『クライマーズ・ハイ』/『突入せよ!「あさま山荘」事件』
9月、10月、11月の三ヶ月連続で、「もう一度見たい日本映画」と題して、映画・チャンネルNECOで放送する番組の中から様々な日本映画を「何故、今見てほしいのか」という視点からご紹介していきます。
今回取り上げる映画は、2008年公開『クライマーズ・ハイ』と2002年公開『突入せよ!「あさま山荘」事件』。
・宣伝マンが見た『クライマーズ・ハイ』
“慎重”か、“臆病”か。「チェック、ダブルチェック」は、「普通の人」を肯定する合言葉
・宣伝マンが見た『突入せよ!「あさま山荘」事件』
ヘラクレスの選択は、人生をほんの少し前向きにしてくれる選択かもしれない
2008年公開『クライマーズ・ハイ』。1985年8月12日、群馬県御巣鷹山にJAL123便が墜落し、死者520人の大惨事となった「日本航空123便墜落事故」を地元新聞記者の目線から描いた本作。改めて、今もう一度見てほしい理由とは。
世界最悪の航空機事故と言われる「日本航空123便墜落事故」。2000年に生まれた私は、事故をリアルタイムでは経験しておらず、鑑賞するまでその存在すら知らなかった。それでも、劇中からは、未曾有の事態を目の当たりにした当時の人々の衝撃と絶望、現場で奔走する人々の緊迫感が画面越しに伝わり、事故の重大さを思い知らされた。本作では、事故を追いかける新聞記者たちの苦悩や葛藤、社内の派閥争い、主人公の家族への想い、社長とのしがらみ、親友との別れなど、様々な要素が複雑に絡み合っている。その中でも私が特に注目したのは、主人公・悠木和雅の仕事に対する向き合い方だ。「チェック、ダブルチェック」をモットーにする彼から、「普通の人」が生きていく上でのヒントを教えられた気がする。
「チェック、ダブルチェック」は、新聞記者を主人公とするアメリカ映画『地獄の英雄』(原題:Ace in the Hole, Big Carnival)の中で、新聞社の編集長が放った台詞だ。「チェック、ダブルチェックが私の信条だよ」。その映画は、悠木が人生で初めて観た映画であり、悠木はこの編集長に、同じく新聞記者であった自分の父親の姿を重ね合わせ、憧れを抱き、自らも新聞記者を志すことになる。そして、いつしか「チェック、ダブルチェック」は、悠木のモットーとなっていく。
悠木は、日航機墜落事故の取材及び原稿のすべてを取り仕切る全権デスク“日航全権”に任命される。はじめは、あまりの荷の重さに尻込みしていた悠木だったが、地元新聞を必要とする遺族の存在を知り、記者としての使命感が芽生える。
過去の大事件を取材してきた栄光を守りたい上司たちからの妨害、現地取材に参加した部下の死、営業部との軋轢など、様々な困難の末、悠木は事故原因という世界的大スクープを報道するチャンスを掴む。しかし、確実な裏を取ることができなかったことが、「チェック、ダブルチェック」の信条に反したため、悠木は掲載を取り下げた。翌日、他社が事故原因に関する情報を掲載し、上司からは「臆病者だ」と責められ、社内の空気も沈んでしまう。それでも、悠木は粛々と日航取材を続けるが、社長から「恥の上塗り」と揶揄されると、責任をとって辞表を提出する。
「決断力のある人」とは、一体どういった人だろう。私は「誰よりも臆病な人」だと思う。多くの人は、大胆かつスピーディーに物事を判断する人物を思い浮かべるかもしれない。しかし、大抵の人は、決断を迫られると臆病になってしまうはずだ。かく言う悠木もそういう一人だ。大事な場面で不安感が募り、決断を遅らせてしまう。彼は人一倍臆病であるがために、人一倍慎重に物事を進める。限りなく100%である情報ですら、確実な裏が取れない限り、絶対に記事にはしない。悠木は、地元の人々にとっては新聞社同士の特ダネ争いなどはどうでも良く、必要としているのは正しい情報だけだということを理解しているのだ。だからこそ、自社の社運を賭けた一世一代の大スクープを前にしても、地に足をつけて、「チェック、ダブルチェック」を徹底した。さらに、他社が事故原因をスクープし、自社の人々が別の話題に乗り換えようとする中でも、粛々と日航に関する情報を掲載し続けた。すべては被害者遺族のために。臆病だからこそ、慎重な判断を下すことができる。これこそ「決断力がある」ということなのではないか。
悠木は、映画の主人公と言うにはいささか地味だ。何か大きな出来事を乗り越えた訳ではないし、恐らく見ている側に希望や夢を与える存在ではないだろう。しかし、彼の生き方は、映画には映らない「普通の人」にこそ響くものがある。特別なことはできなくても、山を登るように一歩一歩着実に日々を送る普通の人に。自分と誰か特別な存在を比べてしまう時、彼の言葉を思い出すだろう。「チェック、ダブルチェック」。そして、また一歩、足を進める。
本作は、場面の移り変わりも、人々の会話も、ほぼ常にハイテンポです。一瞬も目を離せないその演出から、前代未聞の事態に直面した当時の人々の切迫した雰囲気や、様々な情報が右往左往に飛び交う新聞社内及び取材現場の様子がひしひしと伝わってきます。
作中のところどころに、悠木が登山をしているシーンが差し込まれます。ハイテンポな演出を断ち切るように突然差し込まれるそのシーンに、違和感を覚える人も少なくないはずです。しかし、このシーンこそ本作の主軸!タイトルにある「クライマーズ・ハイ」とは、登山者が興奮のあまり恐怖感を麻痺させてしまうことですが、物語が進むにつれ、そのシーンとタイトルの意味合いが明らかになっていきます…!
正直、本作は彼らの演技を見るだけでも十分に価値があります!一人一人のキャスティングが非常にマッチしていますし、特に社内で記者同士が口論をするシーンは、息を呑むほどの迫力です。個人的には、滝藤賢一さん演じる神沢が印象的で、事故現場の取材をする前と後で表情が全く変わっているのがすごすぎます…。
『クライマーズ・ハイ』(2008) | |
監督 | 原田眞人 |
脚本 | 加藤正人/成島出/原田眞人 |
原作 | 横山秀夫 |
出演 | 堤真一、堺雅人、尾野真千子、高嶋政宏、他 |
放送日時 | 2023年9月4日(月)21時00分~23時30分 |
2002年公開、『突入せよ!「あさま山荘」事件』。1972年2月19日、長野県北佐久郡軽井沢町にある保養所「あさま山荘」で、連合赤軍が民間人を人質にして10日間に渡って立てこもった「あさま山荘事件」を警察サイドから描いた本作。改めて、今見てほしい理由とは。
「あさま山荘事件」だが、2000年生まれの私はリアルタイムでは経験していない。本作は、実際に警備の指揮を取った警察官の書籍を原作にしていることから、事件当時の記録としても価値があり、私自身、本作を通して、当時の人々の雰囲気を感じることができた。しかし、それと同時に、本作はヒューマン・ドラマとしての側面も非常に充実している。「ヘラクレスの選択」と形容される主人公・佐々淳行の生き方は、我々の人生をほんの少しだけ前向きにしてくれるものだった。
「ヘラクレスの選択」とは、ギリシア神話の英雄・ヘラクレスの逸話になぞらえた言葉で、一般的に「安全な道と苦難の道があった時に苦難の道を選ぶこと」と説明される。
役所広司演じる警察庁警備局付・佐々淳行は、後藤田長官からあさま山荘の警備の指揮を任される。その際、「人質は必ず救出せよ」「犯人は全員生け捕りにすべし」「身代わり人質要求には応じない」「火器の使用は警察庁許可事項」「報道関係と良好な関係を保つ」「警察官に犠牲者を出さぬように、慎重に」という六つの事件処理方針を提示されるとともに、「すべて、君の人生はヘラクレスの選択やと思え」と告げられる。
事件処理方針は、完璧な警備実施を前提とした非常に難しいものである上、高い自立心を持つ長野県警との対立は深まり、マスコミからのプレッシャーも日に日に強くなる。佐々は、まさに「ヘラクレスの選択」と形容するに相応しい困難な状況に立たされることになる。しかし、それでも佐々は決して諦めず、人質救出へと突き進む。
劇中の長野県警は、県警の独立性を守りたいがために、人質救出という目的を見失っている存在として描かれている。彼らは、自分たちだけで警備を実施できることを証明するために、県警無線のみを使用し、佐々の許可なしに部隊を動かしていた。そして、そのどれもが不慣れのために失敗に終わり、おまけに警察官に2人の重傷者を出してしまった。
佐々は、初めこそ県警に対しての苛立ちを隠せずにいたが、後藤田長官から「君はなぁ、せっかちやからアカン。焦るな。ゆっくりやれ。」と激励を受けると、県警に対して「以後、私の了解なしに部隊を動かした者は本部長に申し上げて、即刻解任します」と告げ、覚悟を決める。その後、彼は少しずつ犯人や山荘の情報を集め、度重なる県警のミスに呆れながらも、決して士気を下げることなく、今できることを続け、機が熟すのを待った。現場に何も動きがないことから、世間からはクレームが集まり、マスコミの苛立ちはピークに達し、警察内にも彼を腰抜け呼ばわりするものが現れる。それでも、彼は自分のメンツなど二の次で、たった一瞬の人質救出のチャンスを見極めていた。そこには、警察庁警備局付としての佐々淳行ではなく、人質救出を唯一の目的とする一人の警察官としての彼の姿があった。
組織で生きていくことは今も昔も簡単ではない。自分の意見が必ずしも受け入れられるとは限らないし、自分の行動が誰かのメンツを傷つけるかもしれない。それは警察による人質救出のような大それたものだけでなく、一人一人の日常の中に存在するしがらみだ。そして、そういった困難を前にすると、人はどうも後ろ向きになってしまう。
「安全な道と苦難の道があった時に苦難の道を選ぶこと」と説明されるヘラクレスの選択だが、真意は別にあるとも言われる。それは、「安全な道を選べば、“一時的な幸せ”を手に入れることができるが、苦難の道を選べば、“美徳”を手に入れることができる」というものだ。となれば、目の前のしがらみを単なる困難と捉えるか、ヘラクレスの選択と捉えるかは、自分次第だ。私たちが困難を乗り越えた先にあるもの。それは、美徳のような大層なものではないかもしれない。しかし、きっと何か以前と違う自分が待っている。そう思えば、ほんの少しだけ前向きになれる気がする。
本作の前半は、主に警察庁及び警視庁と長野県警との縄張り争いを描いています。各々に信じるものや守るべきものがある中で、考えが行き違う様子は、組織・集団で過ごす人なら誰もが共感できるものなのではないでしょうか。
本作の後半は、警察があさま山荘に突入するまでの現地の緊迫感を描いていますが、ほぼ展開がなく、警察たちが延々と逡巡する様子を、ゆっくりかつ長尺で見せています。このスローテンポが、当時の停滞した現場の空気感を再現しており、妙にリアリティを感じさせます。
役所さん演じる佐々淳行の周りは、様々なしがらみや理不尽だらけで、警備はまったく円滑に進まず、観ているこっちまでモヤモヤ!イライラ!佐々は立場上、冷静に警備の指揮を取らなければならないので、常に平静を装っていますが、胸の奥に怒りや悲しみが膨れ上がっているのが、役所さんの表情を通して伝わってくるのは流石の演技力です!
『突入せよ!「あさま山荘」事件』(2002) | |
監督・脚本 | 原田眞人 |
原作 | 佐々淳行「連合赤軍『あさま山荘』事件」(文芸春秋刊) |
出演 | 役所広司、宇崎竜童、天海祐希、伊武雅刀、藤田まこと、他 |
放送日時 | 2023年9月19日(火)7時30分~9時50分 9月27日(水)16時40分~19時00分 |